大阪地方裁判所 昭和46年(わ)3805号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕およそ、本件のように被害者たる幼児が唯一の目撃者であつて、他に拠るべき証拠の乏しい事実においては、結局被告者本人が保護者である両親などに申述したことから事件が外部に披歴されるに至るものと考えられ、本件においても同様と思料されるわけであるが、一般にかような幼児は被暗示性が強く、聴取者たる両親等の発言や態度などによつて容易に暗示にかかり、供述がゆがめられる虞なしとはしないのみならず、聴取した両親等(とくに母親)においても第三者から得た予断(噂)や過敏な被害意議によつて冷静さを失い幼児自身に対し強く抑制抑圧をかけ執拗に問い質す結果、いやが上に被暗示性の強められた幼児から虚空の犯罪的事実を聴取して仕舞い、これが更に誇張されて被告届出がなされる虞が多分に存するから、被害者本人たる幼児やその両親などの被害状況に関する供述を直ちに信用しては事案の真相を見誤まる危険性が十分あり、殊に被害者側の持つ被告人に対する極度の悪感情に惑わされる事のない様充分配慮する必要のあることは申すまでもない。しかし、反面、本件のような事案にあつては、供述が被害者自身の自己体験によるものであり、就中異常な体験による告白として印象も深く、幼児が単なる傍観者として対三者間に行われた事実に対する目撃者としてなした供述よりは一層緊迫性があり、それだけ真実性も高いことも歪めないところである。要するに、かような事案における被害者側の供述の真実性は単にその供述態度や供述内容だけにとらわれず、更に被害者本人が被害を供述するに至つた動機(縁由)や経緯、両親等の聴取態度や端緒その他被害者側の立場やその置かれている背景、被告人との関係(とくに緊密性、付合状況、感情問題)などの客観的諸事情を具体的に検討して大局的立場から綜合的に判断を加える必要があると解される。
三、これを本件について考えてみると、
(一)被害者Mは昭和四〇年一二月一九日生れで犯行当時五才一〇か月余の幼稚園児に過ぎないが、発育は良く外見上も証言態度上もしつかりとしており、当公判廷において、「被告人は付録のおつちやんといい、私を膝の上に乗せチンチンをさわつたことがある。ズボンのバンドのところから手を入れてさわつた。母には大分経つて話した。今迄被告人の家へ何回も行つた。さわられた日にチョコレートもらつた。」などと明確かつ具体的に証言し、また母親のKも落着いた態度を示しながら、当公判廷において、「昭和四六年一一月の六日から一〇日頃の間と思いますが、Mが姉娘のT(当時小学校二年生)に、『付録のオッチャンエッチや』などというのを聞きました。翌日になつて、私はMに昨日あんな事言つてたが何がエッチなのか聞きますと、Mが『ズボンの上からチンチン触つた』といい変な素振りしましたが、すぐ聞くとおそれていわなくなると思い、その儘にして約二時間後また聞くとパンツの中から触つたと言いました。更に続けて『膝に乗せて手を突つ込んで来たから何するのというたら、おつちやンはええやないかといつたので手を叩いてやつた』といい、その時もらつたといつてチョコレートを差出しました。私はMと姉娘が寝床で喋つているのを聞くのが初めてで、それまで他の人から被告人がエッチなことをするなどと聞いたことはありませんでした。また一一月八、九日ごろ他の子供の保護者たちがこのことで騒いでいるということは全く知りませんでしたし、告訴するについても主人とだけ相談したのです。私たちとしては付近の空地が公園になると聞いていますので、同じことが例になつては困るので届出ることにしたのです。」と証言し、なお同証人が被告人に対し殊更強い悪感情をいだいていたと推測される供述は少しも見当らないところである。一方被告人自身も、当公判廷において、「Mは一一月八日より一か月も前のことと思うが、私の家の中で暴れていたので『静かにせよ』と言つて抱いてやつたことがありました。」と述べており、また取調の警察官などに対しても、「Mは付録などやつて抱いてやつた事のある子供です。Mは四月頃から来ており、抱いてやつたことがあります。しかしパンツの中に手を入れたことはありません。唯私が抱いたときスカートやパンティの上から陰部を触れることがあつたかも知れませんが、それは私が意識してやつたことではありせん」と述べている(昭和四六年一二月一〇日付、同月一三日付の各供述調書参照)。
四、以上のとおりであつて、そうだとすると、被害者本人とその母親の間の対話にあたつては、まず被害者が姉娘に対し被害を自発的に述べこれが端緒となつて母親が聴取するに至つたものであつて、母親が予め他より相当の知識を得て母親の方から質問を開始したのではなく、かつ被害者の母親は被害者本人の記憶や印象が混淆破壊されないよう十全の注意を払い極力被害者から自発的に申述するよう努力した形跡顕著に窺われ、従つて被害者に与えた暗示の程度は殆んど存しないものといつても過言ではなく、一方母親自身事前に第三者から予断を受けていた事情もなく、それだけ被害意識も低いものと思われ、殊に被告人に対し感情を強く昂進させていたとは考え難く、かつ被害者が被告人の自宅に出入りしていたこと等は被告人も認めているし、かような点に、被害者の供述態度や供述内容等殊に被害者は当時六才に満たない少女であつたとはいえ被害を具体的に記憶してしつかりした態度で詳細明確に証言し、母親の証言と綜合対比してみても矛盾が存しないことなどから考えると、被害者本人および母親の証言は十分措信することができるので、判示のとおり犯罪事実を認定した。
(砂山一郎)